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2026年2月7日土曜日

白色LED|図解 光学用語

白色LED(はくしょくえるいーでぃー White LED)

白色LEDとは

 白色LED(White Light Emitting Diode)は半導体を用いて白色光を発光させる素子です。当初、LEDは赤・黄・緑などの単色光しか出すことができませんでしたが、1990年代に青色LEDが実用化されると、波長の短い高エネルギーの青色光が得られるようになりました。そのエネルギーを利用して蛍光物質を発光させ、複数の色光を混ぜ合わせることで、ついに白色光を出すLEDが実現したのです。また、光の三原色のLEDが揃ったことで、より自然に近い色の再現ができる演色性の高い白色LEDも作ることができるようになりました。 

白色LEDの種類

現在、白色LEDには下記の3種類があります。

  • 青色LED+黄色蛍光体
    青色光で黄色光を発光する蛍光体を刺激します。補色の関係にある青色光と黄色光を混ぜることで白色光を作ります。低コストで効率が良いため、照明や液晶ディスプレイのバックライトとして広く使われています。
  • 赤・緑・青(RGB)の3色型LED
    光の三原色のLEDを並べて発光させ白色光を作ります。三色の明るさの調整ができるため白色光以外の色光を出すこともできますが、回路が複雑で高価です。
  • 近紫外/紫色LED+RGB蛍光体
    エネルギーの高い紫外線もしくは紫色光で光の三原色を出す蛍光体を刺激します。蛍光体が出す光の三原色の混色により白色光を作ります。太陽光に近い演色性の高い光を作れますが、現時点では効率面で課題が残っています。

一般的な白色LED(青色LED+黄色蛍光体)の仕組み

 現在、照明や液晶ディスプレイのバックライトとして広く普及しているのが、青色LEDチップと黄色蛍光体を組み合わせた方式です。青色LEDチップで高エネルギーの青色光を発生させます。その青い光がチップを覆う黄色蛍光体の層を通過します。このとき蛍光体は青色光で刺激され黄色光を発光します。青色と黄色は補色の関係にあるため、この2つの光が混ざり合うと色を失って白色光となります。

青色LEDチップから出た光が黄色蛍光体の層を通り、青と黄の光が混ざって白色光になる仕組みの図解
一般的な白色LED(青色LED+黄色蛍光体)の発光プロセス

 この方式の白色LEDの最大の利点は1つのチップと蛍光体という簡単な構造で白色光を作ることができることです。少ないエネルギーで効率よく明るい白色光が得られます。製造コストも抑えられるため白色LEDの主流となりました。

白色LED(青色LED+黄色蛍光体)のスペクトル

 白色LEDの光の成分を調べるためCDの裏面による回折と干渉を利用して分光実験をしてみました。するとこの白色光には青色と黄色の他に緑色や赤色の光が含まれていることがわかりました。

CDの裏面を利用して白色LEDの光を分光した様子。反射した光が虹色に分かれ、青や緑、赤が含まれているのが見える
CDの裏面を利用して白色LEDの光を分光した様子

 CDでは含まれている色がわかりにくいので分光器についていた光学部品の回折格子(グレーティング)で分光してみました。連続スペクトルの中に青色光、青緑色(シアン色)、緑色、黄色、橙色、赤色の光が存在していることが視認できました。

回折格子(グレーティング)によって白色LEDの光を鮮明に分光した様子。左から青、シアン、緑、黄、橙、赤へと連続的に変化する光の帯が確認できる
回折格子による白色LED(青色LED+黄色蛍光体)の分光の様子

 さらに詳しく調べるため分光器を使って発光スペクトルを測定してみました。波長465 nmの青色光の鋭いピークと、560nmを中心とした黄色蛍光体の幅広いピークで構成されていることがわかります。

白色LEDの発光スペクトル図。465nm付近に青色LEDの鋭いピークと、560nmを中心とした幅のある黄色蛍光体のピークで構成されている
分光器で測定した白色LEDの発光スペクト

  白色LED(青色LED+黄色蛍光体)は補色の関係にある青色光と黄色光で作られた白色光ですが演色性は悪くありません。その理由は黄色蛍光体が幅広い波長範囲の光を発光しているからです。上図の発光スペクトルを可視光線のスペクトルで塗りつぶしてみました。黄色蛍光体が560 nmを中心とした緑から赤までの幅広い範囲の光を発光していることがわかります。そのため私たちは白色LED(青色LED+黄色蛍光体)で照らされた物体の色を自然に近い色で認識できるのです

白色LEDの発光スペクトル。グラフの内側が虹色のグラデーションで塗りつぶされており、青色LEDの鋭い光と、緑から赤まで広くカバーする蛍光体の光が合わさって白色を作っていることを示している
可視光の波長成分と白色LEDが発光する波長成分を示したスペクトル

白色光源の発光スペクトルの比較

 私たちの身の回りにはさまざまな白色光源があります。それぞれの光がどのような成分の光を発光しているか、代表的な3つの光源で比較してみましょう。

白色LED、白熱電灯、三波長形蛍光灯の発光スペクトルの比較図。右肩上がりの白熱電灯、鋭い数本のピークを持つ蛍光灯、2つの大きな山を持つ白色LEDが発光する光の成分の違いを示している
白色LED、白熱電灯、三波長形蛍光灯の発光スペクトルの比較
  • 白熱電灯(赤色の線)
    白熱電灯(白熱電球)は波長が長くなるほど(赤色に近づくほど)発光強度が大きくなる白色光を発光します。発光原理は熱放射によるものです。太陽光と同様に全ての波長を連続的に含んでいるため演色性が高いのが特徴です。
  • 三波長形蛍光灯(緑色の線)
    三波長形蛍光灯は赤・緑・青の光を混合した白色光を発光します。発光原理は電界発光(エレクトロルミンセンス)によるものです。紫外線で赤・緑・青の3つの蛍光体を刺激するこで光の三原色を発光させるため蛍光灯としては演色性が高いのが特徴です。フルカラーLEDまたはRGB LEDとも呼ばれます
  • 白色LED(青色の線)
    これまでに見てきた通り青色光と幅のある黄色光を混合した白色光を発光します。発光原理は電界発光(エレクトロルミネセンス)によるものです。効率の良さと実用的な演色性をバランスよく両立しているのが特徴です。

さらなる演色性を求めてー3色型LEDの仕組み

 青色LEDと黄色蛍光体を組み合わせた白色LEDに対して、3色型LEDは光の三原色である赤(R)・緑(G)・青(B)の独立した3つのLEDの光を混合して白色光を作ります。蛍光体やフィルターを使用せず光の三原色の光源を利用しているため、それぞれのLEDの出力を調整すれば白色光のみならず様々な色を自在に作ることができます。

光の三原色による混色の原理と仕組みについては次のページを参照してください。

 3色型LEDは赤(R)・緑(G)・青(B)の3色のチップがひとつになったものが主流になってきました。3つのLEDが1つで済み、単位画素あたりの三色光を増加させることができるため、明るくなり、色ムラが少なくなります。

3色型発光ダイオードの仕組み図。左側に独立した赤・緑・青のLEDチップがあり、それらが1つのパッケージにまとめられ、最終的に多数配置されて混色されるプロセスを描いている
光の三原色(RGB)を利用した3色型LEDの構造

 最近は従来の3色LEDより小型のMini LEDが使われるようになっています。MiniLEDは数千~数万個の極小LEDで作られたバックライトです。MiniLEDによって高輝度なディスプレイを実現できるようになりました。また光漏れを最小限に抑えることができるためLEDを消灯させたときに綺麗な黒を再現できるためコントラストも飛躍的に向上しました。

 街中でよく見かける大型ディスプレイ(LEDビジョン)は3色LEDをバックライトとして利用しているのではなく、光の三原色の混色で色を作り出しています。ダイレクトビューLEDディスプレイや自発光型LEDディスプレイと呼ばれています。

 LEDそのものの発光原理と仕組みを知りたい方は下記のページをご参照ください。

LEDが光る仕組み

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2026年1月26日月曜日

ケミカルライトが光る原理と仕組み

ケミカルライトとは

 コンサートやパーティーなどで使われるケミカルライト(Chemical Light)。最近はいろいろな色のものが手に入るようになりました。ケミカルライトは化学発光(化学ルミネセンス)によるライトの総称です。サイリューム、シアリウム、ルミカライトなどと呼ばれる場合もありますが、これらは登録商標です。

光の三原色のケミカルライト
光の三原色のケミカルライト

ルミネセンスとは

 物質は原子からできています。原子はプラスの電気をもつ原子核とマイナスの電気をもつ電子からできています。通常、原子は原子核と電子の電荷がつり合った安定したエネルギー状態を維持しています。このとき電子のエネルギー状態は安定した基底状態にあります。原子が外部から何らかのエネルギーによる刺激を受けると、電子のエネルギー状態が高くなり励起状態となります。励起状態となった電子は直ちに安定した基底状態に戻ります。このとき電子は励起状態と基底状態の差分のエネルギーを放出します。この差分のエネルギーが可視光線のエネルギーに相当するとき目に見える光が出てきます。このような発光現象をルミネセンスといいます。ルミネセンスは電子を励起状態にする刺激をつけて区別します。例えば、蛍光灯のように電気エネルギーを使うものはエレクトロルミネセンス、ケミカルライトのように化学反応で生じたエネルギーを使うものはケミカルルミネセンス、ホタルのように生物によるものはバイオルミネセンスと呼ばれます。光を当てると蛍光を出す塗料は、光を刺激に使っているのでフォトルミネッセンスと呼ばれます。

ルミネセンスの原理:励起状態となった電子は直ちに安定した基底状態に戻る。このとき電子は励起状態と基底状態の差分のエネルギーを放出する。
ルミネセンスの基本原理

 ケミカルライト以外に有名なケミカルルミネセンスとしてはルミノール反応が知られています。またホタルなどの生物発光も化学発光の一種です。ルミノール反応の原理と仕組みについては次のページを参照してください。

反応機構

 ケミカルライトのスティックの中には2つの液体が別々に入っていて、スティックを折ることによって混合します。片方の液体は光のエネルギーの元になるシュウ酸ジフェニルと蛍光色素(dye)と反応を進めるための物質(触媒)の混合物です。もう片方の液体は過酸化水素水です。

 シュウ酸ジフェニルと蛍光色素 (dye) と触媒の混合物と過酸化水素が混ざると、シュウ酸ジフェニルが過酸化水素で酸化されて分解し、フェノールと過シュウ酸エステル(ROOC-COOOH)を経て1,2-ジオキセタンジオンが生じます。1,2-ジオキセタンジオンは分解して二酸化炭素となりますが、このときに蛍光色素にエネルギーを与えます。励起状態となった蛍光色素はすぐに基底状態に戻りますが、このとき差分のエネルギーを光 (hν) として放出します。

シュウ酸ジフェニルと過酸化水素との酸化→1,2-ジオキセタンジオンの分解と色素の励起
→色素の緩和による発光
ケミカルライトの化学発光の反応式

光の三原色の混色の原理で様々な色を作れる

 ケミカルライトが出す光の色は使用する蛍光色素(dye)よって異なります。使用される蛍光色素にはさまざまな種類があり、それぞれ特有な色の蛍光を発します。蛍光色素を混ぜることによって別の光を作ることができます。たとえば赤・緑・青の色素を混ぜると白い光が出てきます。これは光の三原色の加法混色によるものです。


光の三原色
R:赤(レッド) G:緑(グリーン) B:青(ブルー)
C:青緑(シアン) M:赤紫(マゼンタ) Y:黄(イエロー) W:白(ホワイト)

 光の三原色の原理と仕組みについて次のページを参照してください。


ケミカルライトの用途

 ケミカルライトのスティックは防水性、絶縁性に優れています。ケミカルライトは発光に酸素を必要とせず、熱をほとんど発生しません。火花や炎も出さないため水中でも利用できます。安価で使い切りできるので軍隊、キャンプ、洞窟探検、ダイビングにおいて光源として利用されています。

ケミカルライトを使う米軍兵
ケミカルライトを使う米軍兵

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2024年6月27日木曜日

マジックミラーの原理と仕組み

 マジックミラーというと何か特殊な鏡のように聞こえるかもしれません。しかし、日常の生活の中でもマジックミラーと同じような現象を体験することができます。

 例えば、夜間に明るい部屋の中からガラス窓越しに外を見たとき自分や部屋の中の様子がガラスに鏡のように映りこんでさっぱり外が見えないという体験をしたことがあるでしょう。あるいは夜間に電車に乗っているとき電車の窓が鏡のようになっていることに気がついたことがあるでしょう。

 透明な物体に光があたると、ほとんどの光は物体を透過しますが一部の光は物体の表面で反射します。また物体が透明であるということは物体のこちら側から進んでいく光も、物体の向う側からやってくる光も物体を透過するということです。

ガラスで反射する光と透過する光
ガラスで反射する光と透過する光

 ですから昼間でも窓ガラスを注意深く見てみるとものが映っていることがわかります。このとき窓ガラスに映ったものが見えづらいのは外が明るいためです。外からやってくる光が多くガラスの反射光が目立たないからです。

 ガラス窓が鏡のように見えるかどうかはガラス窓の内側と外側の明るさに関係しています。夜間、部屋の中から見た窓ガラスが鏡のよう見えるのは部屋の外が暗いので外から入ってくる光がほとんどなくなり、窓ガラスで反射した光が良く見えるようになるからです。 これは暗いところからは明るいところが良く見えるということです。この現象はガラスでなくても網戸やレースのカーテンなどでも体験することができます。

夜間に部屋の中から見た窓ガラスが鏡のように見えるのは
夜間に部屋の中から見た窓ガラスが鏡のように見えるのは

 マジックミラーはこの原理を利用しているのです。ただし、マジックミラーは単純なガラスではありません。なるべく鏡に見えるような工夫がされています。鏡はガラスに裏側に光を反射する銀やアルミニウムの薄膜を張りつけて、さらに光が透過しないように保護膜をつけてあります。マジックミラーは保護膜をつけずに光を反射する薄膜を貼りつけガラスを透過する光を約10%、反射する光を約50%にしてあります。この工夫によってガラスがより鏡のように見えるようにしてあります。

 実際にマジックミラーを使うときには、鏡のように見える方を暗くする必要があります。よく刑事ドラマなどで証人がマジックミラーを通して犯人を特定するシーンが出てきますが容疑者は明るい部屋、証人は暗い部屋にいるはずです。

取調室のマジックミラー
取調室のマジックミラー

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2023年5月17日水曜日

正視・近視・遠視が老眼になるとどうなる?|老眼になる原理と仕組み

はじめに

 年齢を重ねるとともに近くのものが見えにくくなるのが老視(老眼)です。目が正常な人が老眼になると遠くは良く見えるものの近くが見えにくくなり老眼鏡が必要となります。一方、近視の人は近視眼鏡を外すと遠くが見えなくなりますが近くは良く見えます。

 このように正常な眼の人と近視の人では症状が異なりますが老眼になる仕組みは同じです。老眼になると見えづらくなるため心配になる人もいますが、老眼になる原理や仕組みを知れば生理的な現象であることがわかり老眼鏡の選び方もわかります。

眼はどのようにピントを合わせているのか

 ヒトの眼は遠くのもや近くのものを見るときには毛様体を弛緩・収縮することによって水晶体の厚みを変えて網膜に綺麗な像ができるようにピントを合わせます。眼が遠いところを見るときは毛様体が弛緩し水晶体が最も薄い状態になります。近くのものを見るときには毛様体が収縮して水晶体が厚くなります。この働きによって私たちは近くのものや、遠くのものにピントを合わせて明瞭に見ることができるのです。

眼の構造
眼の構造

 老眼で近くのものが見えなくなるのは老化によって毛様体筋で水晶体の厚みを調節する能力が低下し水晶体を厚くすることができなくなるからです。一方、水晶体が薄くなる調節能力は低下しないので遠くの見え方は変わりません。遠くがどこまで見えるかは元々の眼の視力によります。

眼でピントを合わせることができる範囲

 次の図のように眼でピントを合わせることができる最も遠いところを遠点、最も近いところを遠いところを近点といいます。近点と遠点の間がよく見える範囲でこれを明視域と呼びます。正常な眼(正視)の遠点は無限遠にあります。一方、近点は若い頃は約10 cmぐらいですが加齢とともに長くなります。正視の成人の近点は個人差はありますが25 cm とされています。

明視域と近点と遠点
明視域と近点と遠点

 眼は近点より近いところにピントを合わせることができません。正視の成人でものがよく見える範囲は近点(約25 cm)以上離れたところ です。この25 cmを明視の距離といいます。近視や遠視の遠点と近点の位置は正視とは異なるため明視域が変わります。

正常な眼(正視)の働き

 正視が遠くのものを見ているとき、毛様体は弛緩しており水晶体は無調整の状態で最も薄くなっています。この状態で正視は無限遠にある物体の像を網膜上に結びます。


 遠くを見ている状態では近くのものが良く見えません。水晶体が薄い状態では近くにある物体からやってくる光は網膜の後側で像を結ぶように届くからです。


 近くを見ているとき、毛様体は収縮して水晶体を厚くし物体の像を網膜上に結ぶようにピントを合わせます。


正視が老眼になると

 老眼で近くのものが見にくくなるのは老化によって水晶体の厚さの調整能力が低下し近点が遠くなるからです。正視が老眼になると遠点は無限遠で変わらず遠くは良く見えますが、近点が遠のいて近くが見えづらくなります。つまり明視の距離が25 cmより長くなります。たとえば読書をするときには本を眼から遠くに離さないと見えずらくなります。明視の距離がどれぐらい長くなるかは老眼の度数によって異なります。


 老眼を矯正するには眼の屈折力を強めて網膜にピントが合うようにする必要があります。そのため光を集める働きのある凸レンズを使用します。どれぐらいの焦点距離の凸レンズが必要になるかは、老視の度数によって決まります。老眼を理想的に矯正すると近点を25 cmになりますが、遠点が近づくため遠くがみえづらくなります。

 正視の人は「眼が良いので早く老眼になった」と感じることがあります。しかし、老眼は毛様体による水晶体の厚さの調節能力の低下が原因です。老眼になる時期がいつになるのかはもともとの視力は関係ありません。正視の人は普段かから眼鏡もかけておらず遠くも近くも良く見えるので老眼になり始めると早めに気が付きやすいという面があります

 早めに老眼に気が付くことから眼が良くて遠いところが見えるので近くが見えづらくなったという理由付けをする人もいます。上述の通り根拠はありませんので、これが耳障りに聞こえる人もいるかもしれませんが、誰もが加齢と共に老眼になりますので温かく見守ってあげてください。

近視が老眼になると

 近視は眼の屈折力が正視より大きい状態です。水晶体が厚くなり薄い状態に戻らない症状と眼の奥行きの長さ(眼軸長)が正視よりも長い症状が複合的に生じ、遠くの物体の像が網膜より手前で結ばれてしまうためピントが合わなくなります。そのため近視の遠点は無限遠になく近視の度数の分だけ手前に近づいて有限距離になります。一方、近点については正視より短い距離のところにピントを合わせることができます。つまり明視の距離が25 cmより短くなります。


 近視を矯正するには眼の屈折力を弱めて網膜にピントが合うようにする必要があります。そのため光を広げる働きのある凹レンズを使用します。近視を理想的に矯正すると正視と同じ状態になり、遠点は無限遠となり近点も25 cmになります。老眼になっていなければ近くも遠くもよく見えます。


 近視が老眼になるとどのようになるでしょうか。近視眼鏡をかけている状態では正視の場合同じで遠くはよく見えますが近くが見えづらくなります。一方、近視眼鏡を外すと眼の屈折力が元に戻って正視より強くなるため、遠くは見えづらくなりますが、近くはよく見えるようになります。ですからある程度進んだ近視は眼鏡を外すと近くが見えるようになるため老眼鏡を使わずに済みます。また弱い近視は眼鏡を外しても近くが良く見えるようになりませんが正視の老眼に比べるとやや余裕があります。このことから近視の人は正視の老眼に気が付きにくいという面があります。

遠視が老眼になると

 遠視は眼の屈折力が弱いか眼軸長が短いのが原因です。毛様体が弛緩して水晶体が最も薄い状態で遠くを見たとき、遠くの物体の像が網膜より後側で結ばれてしまうためピントが合わなくなります。つまり遠視の遠点は正視の遠点(無限遠)より遠くにあることになり、遠くを見るときも毛様体を収縮させて水晶体を厚くしています。一方、遠視の近点は水晶体の調節能力が十分にあるうちは正視とさほど変わりませんが、正視よりも余計に毛様体を収縮して水晶体の厚くする必要があります。つまり、遠くを見るときも近くを見るときも毛様体が収縮していつも眼が休まることなく緊張している状態です。


 遠視は水晶体の調整能力が十分にあるうちは遠くも近くも良く見えます。遠くが良く見えるため眼が良いと勘違いしやすいのですが、遠視が進むと眼が疲れやすいなどの症状がでるため矯正が必要です。遠視を矯正するには像を網膜上に結ぶようにするため眼の屈折力を強める必要があります。そのため凸レンズを使って網膜に像ができるようにピントを合わせます。遠視を理想的に矯正すると正視と同じ状態になり、遠点は無限遠となり近点も25 cmになります。凸レンズで矯正することにより眼が過度に緊張状態にならないようにすることができます。

 遠視が老眼になると遠視眼鏡をかけていない状態では正視と同様に近くが見えづらくなります。遠視眼鏡をかけている状態では裸眼の状態より近点が近づいているはずですから初期の老眼には対応できるでしょう。しかし、遠視眼鏡をかけている状態で近くが見えづらくなった場合には度数の高い老眼鏡をかけて近点を近づける必要があります。すると今度は遠点が近づくため遠くが見づらくなります。

老眼の矯正

 正視の老眼は老眼鏡をかけると近くは見えるようになりますが遠くは見えづらくなります。近視の老眼は近視眼鏡を外すと近くは見えるようになりますが遠くが見えづらくなります。正視の老眼はより度数の強い遠視眼鏡にすると近くは見えるようになりますが遠くは見えづらくなります。

 正視か近視か遠視か、また度数がどれぐらいかによって程度は異なり見ますが老眼鏡をかけると近くが見えるようになり遠くが見えづらくなります。

 読書やパソコンの使用など見るものまでの距離を固定できる場合は普通の老眼鏡で対応できますが、中距離や遠距離を見ようとすると老眼鏡を外したり眼鏡をかけ直したりする必要があります。近くも遠くも見たい場合は遠近両用眼鏡が便利です。遠近両用眼鏡はレンズの上側と下側で屈折率が異なり視線を移動することによって遠近を使い分けます。遠くを見るときはレンズの上側を使い、近くを見るときは視線を下げてレンズ下側を使ってものを見ます。遠近両用眼鏡には境目のある二重焦点レンズと境目のない累進屈折レンズがあります。

 正視の人の遠近両用眼鏡はレンズの上側には度が入っておらず下側が凸レンズになっています。近視の人のものはレンズの上側は近視眼鏡(凹レンズ)で下側は近視の度数が低いか度が入っていません。遠視の場合は上側は遠視眼鏡(凸レンズ)で下側はさらに度数が強くなっています。

 単焦点のコンタクトレンズは付け外しが必要なため老眼のみの矯正には向いていませんが、コンタクトレンズにも遠近両用のものがあります。遠近両用コンタクトレンズは大きくわけると、交代視型(視軸移動型)と同時視型があります。

コンタクトレンズ 交代視型と同時視型
コンタクトレンズ 交代視型と同時視型

 交代視型はレンズに遠くを見る遠用部と近くを見る近用部があり、遠近両用の老眼鏡と同様に視線を移動することによって遠近を使い分けます。同時視型は遠用部と近用部から入った光が同時に網膜上に結像します。眼が遠くを見ているときには近くのものの像がぼやけ、近くのものを見ているときは遠くのものの像がぼやけることになりますが、脳が網膜上でピントが合った方の像を見るように選択します。

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2021年10月14日木曜日

ロバート・フックの複式顕微鏡|顕微鏡の歴史②

ロバート・フック

 ヤンセン親子が発明した凸レンズを2枚使った複式顕微鏡はヨーロッパに広まりましたが、その発展は後に発明された望遠鏡に比べると遅れをとりました。現在の顕微鏡のように微細構造を観察する性能を出すことができなかったためです。日常生活でものを拡大して見る道具としては、凸レンズ1枚のルーペで十分だったのでしょう。 そのため、顕微鏡は科学のツールというより高級な工芸品として広まったようです。

 多くの職人によって複式顕微鏡が作成されましたが、実用的な顕微鏡を開発し人々の目をミクロの世界に向けるきっかけをつくったのはイギリスの自然哲学者で王位協会の事務局長を務めたロバート・フックです。フックは力学の弾性に関するフックの法則で有名ですが、光学や天文学などにも精通していました。フックはアイザック・ニュートンと光が粒子か波動かで論争を繰り広げています。

ロバート・フック
ロバート・フック

ロバート・フックの複式顕微鏡とミクログラフィア

 フックは凸レンズを2枚使った拡大率が数十倍の複式顕微鏡で1663年頃からさまざまな動植物の観察を行いました。この革と金で作られた手作りの顕微鏡はロンドンのクリストファー・ホワイトに製作させたものです。

ロバート・フックの複式顕微鏡
ロバート・フックの複式顕微鏡

 フックは1665年に顕微鏡の観察結果をまとめた「MICROGRAPHIA(ミクログラフィア)」という本を出版しています。

ミクログラフィア(ロバート・フック)
ミクログラフィア(ロバート・フック)

 ミクロ具ラフィアには実に100点を超える動植物のスケッチが掲載されています。フックはコルクに無数の小さな部屋があることを発見しそれをcella(ラテン語で細胞を意味する。英語はcell)と名づけています。

ノミのスケッチとコルクの断面(ミクログラフィア)
左:ミのスケッチ 右:コルクの断面(ミクログラフィア)

 ミクログラフィアは当時たいへんな人気となりベストセラーとなりました。人々がミクロの世界に興味をもつきっかけとなったのです。

ロバート・フックの複式顕微鏡|顕微鏡の歴史②

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2021年9月16日木曜日

クール星人の宇宙船は光学迷彩|ウルトラセブン第1話「姿なき挑戦者」

 「地球は狙われている!いま宇宙に漂う幾千の星から恐るべき侵略の魔の手が」(浦野光)のナレーションから始まるウルトラセブン第1話「姿なき挑戦者」。

 クール星人が昆虫のような地球人を誘拐し地球防衛軍に全面降伏を求めてきますが、ヤナガワ参謀とヤマオカ長官がこれを毅然とした態度で断ります。

クール星人
地球人を昆虫呼ばわりするクール星人

 クール星人は宇宙船で京浜工業地帯の攻撃を開始、あたりが火の海と化します。ウルトラ警備隊の出動が必要な事態となりましたが、大きな問題がありました。

 それはクール星人の宇宙船の姿が見えないことでした。頭を悩ませながら作戦を考えるキリヤマ隊長。アンヌ隊員がご覧の通りの風来坊のモロボシ・ダンに何か良い作戦はないのか声をかけます。

アンヌ「ダン、あなたの地球がピンチにたたされているのよ。何か敵を倒す方法はないの?」

 地球人でもないのに「あなたの地球」と言われたダンですが、この言葉でダンは地球を守り抜く決意をさらに強くしたのでしょう。ダンはクール星人の宇宙船の秘密をウルトラ警備隊に教え作戦を提案します。

ダン「敵の宇宙船を見えるようにすることだ。あの宇宙船は保護色を使って姿を隠しているんだ。特殊噴霧装置を利用して、こちらで色を吹き付けてやれば、相手の正体がわかるはずだ」

 特殊噴霧装置は科学班の協力ですぐに作られ、ウルトラ警備隊はホーク1号で出動。ダンも搭乗して作戦に参加しました。作戦は見事に成功し、クール星人の宇宙船はその正体を現しました。クール星人はウルトラセブンとウルトラ警備隊によって撃退されます。

 さて、ここで問題です。SFで姿を隠すと言えば透明になるのが手っ取り方法ですが、クール星人の宇宙船は透明になるわけではないようです。どのような仕組みで姿を隠していたのでしょうか。

 その答えはダンの言葉の中にヒントがあります。それは「保護色」です。保護色は動物の体の色や模様によって背景と見分けがつかくなり敵から目立たなくなる体色のことです。 保護色は動物以外にも使われることがありますが、一般的には迷彩色と呼んだ方が適切でしょう。

Shapeshifting Octopus, amazing camouflage

解説記事:光と色と「これは凄い!タコの保護色による擬態

 つまりダンの説明によればクール星人の宇宙船はその表面をまわりの景色に合わせて変化させていたのであって、透明になっているわけではないことがわかります。

 迷彩色の原始的な方法はまわりの景色に同化できるような色を塗ることです。たとえば宇宙船を空の青色で塗れば目立たなくなります。

 しかしながら、クール星人の宇宙船はもっと先進的な方法でまわりの景色に合わせて色を変化させることができます。たとえばカメレオンは皮膚で周りの色を感じて、体の色細胞の大きさを変化させることによって体色を変化させることができます。

 宇宙船表面の色を変化させるようにするには表面にさまざまな色を出すことができる発光体を設置する必要があるでしょう。宇宙船の背景の景色の色をセンサーで感知し、その色の光を出すと宇宙船が目立たなくなります。また、宇宙船表面をスクリーンにする方法もあります。背景の景色をカメラで撮影し、映像をスクリーンに投影します。

Mercedes-Benz. The Invisible Drive. | Ridgeway Mercedes-Benz

解説記事:光と色と「光学迷彩で見えない透明な自動車

 昆虫のような地球人ができるのですから、クール星人にとっては簡単なことですし、ここで説明した内容を超える科学と技術の光学迷彩を採用しているかもしれません。ですが、ペンキを吹き付けられて姿を表してしまったことを考えると、クール星人の知識も昆虫レベルだったのかもしれません。

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2020年12月23日水曜日

活動写真と映画の始まり|ゾエトロープからシネマトグラフへ

それは賭け事から始まった

 1872年、スタンフォード大学の創設者でカリフォルニア州知事を務めていたリーランド・スタンフォードは、馬が走っているときに、4本の脚すべてが地面から離れる瞬間があるかどうか友人と賭けをしました。

馬が走っているときの脚は・・・
馬が走っているときに脚は・・・

 スタンフォードはその事実を確認するため写真家のエドワード・マイブリッジに馬が走っている瞬間をとらえた写真の撮影を頼みました。

スタンフォード(左)とマイブリッジ(右)
スタンフォード(左)とマイブリッジ(右)

瞬間を捉える写真技術

 疾走する馬の瞬間を写真でとらえるためにはカメラのシャッター・スピードを速くしなければなりません。シャッター・スピードを速くすると、フィルムの露光時間が短くなります。

 当時、一般に使われていた写真の感光材料は感度が十分ではなく、疾走する馬の足の動きの写真を撮影するのは容易なことではありませんでした。 

 そこで、マイブリッジは5年の歳月をかけて、感度の高い感光材料の開発に取り組みました。そして、電気技師のジョン・D・アイザクスの協力を得て瞬間の写真を撮影することができる装置を開発し、馬の4本の脚すべてが地面から離れている決定的瞬間をとらえた写真を1877年7月1日に撮影することに成功しました。

4本の脚が地面から離れている馬の写真
4本の脚が地面から離れている馬の写真(1878年撮影のもの)

連続写真から動画へ

 1878年、マイブリッジ はこの装置を12台並べて、 疾走する馬の連続写真の撮影に成功しました。マイブリッジはその連続写真をイギリスのウィリアム・ジョージ・ホーナーが1834年に発明したゾエトロープ(回転のぞき絵)にかけました。

ゾエトロープ
ゾエトロープ

 ゾエトロープを回転し、隙間からのぞくと、馬が疾走する様子がアニメーションのように見えました。

マイブリッジの連続写真のGIFアニメーション
マイブリッジの連続写真のGIFアニメーション

 その後、マイブリッジは幻灯機を組み合わせて、動く馬をガラス板に投影させるゾープラクシスコープをつくり、映像を1879年にサンフランシスコで一般公開しました。なお、このとき、マイブリッジが投影した映像は写真ではなく、撮影した写真をトレースした図によるものでした。

マイブリッジがゾープラクシスコープにかけた図
マイブリッジがゾープラクシスコープにかけた図

エジソンのキネトスコープ

 マイブリッジの連続写真はトーマス・エジソンを大きく刺激し、エジソンは1891年に映写機キネトスコープを発明しました。キネトスコープは箱の中を上部の穴からのぞき込み、Motion Picture(活動写真)を見るタイプの映写機でした。

エジソン(1878年)とキネトスコープ
エジソン(1878年)とキネトスコープ

 キネトスコープは1893年にシカゴで開催された万国博覧会に出品され、世界中から注目を受けました翌年にはブロードウェイに世界初の映画館キネト・スコープ・パーラーが作られました。

 キネトスコープ・パーラーは映画館といっても、一度に多くの観客がスクリーンを見ることができる現在の映画館のようなものではありません観客は館内に設置されたキネトスコープをのぞいて映像を楽しみました。


シネマトグラフの登場

 1890年代にフランスのオーギュスト・リュミエール、ルイ・リュミエールのリュミエール兄弟が動画をスクリーンに映し出すことができるシネマトグラフを発明し、現在私たちが見る映画とほとんど同じ仕組みの映画が生まれました。

リュミエール兄弟とシネマトグラフ
リュミエール兄弟(左からオーギュストとルイ)とシネマトグラフ

 シネマトグラフで世界で初めて上映された映画はリュミエール兄弟が制作した上映時間46秒の1894年の作品「工場の出口」というタイトルのものです。

リュミエール兄弟制作映画 工場の出口
リュミエール兄弟制作映画 工場の出口

 そして、1895年12月28日にパリのサロン・ナンディアン(現ホテル・スクリーブ・パリ)で「工場の出口」を含む10本の映画が観客を集めて上映されました。これが世界初の映画の商業公開となりました。

 日本にはシネマトグラフは1897年にやってきました。自動写真と訳されたシネマトグラフの噂は瞬く間に広がり、2月15日から行われた大阪の上映は連日人が並ぶほどの満員となりました。

 活動写真は当初はありふれた光景を撮影したものでしたが、やがて演劇などを実写化したものなどが登場します。やがて、文化や芸術的な要素が加わり、現在で言うところの映画が作られるようになりました。

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2020年9月3日木曜日

誰が光学顕微鏡を発明したのか|顕微鏡の歴史①

2枚のレンズを組み合わせた道具を考えたのは誰か

 レンズを2枚組み合わせて物体を見る実験は誰もが簡単にできます。そのため、世界で初めてその実験したのかはわかっていません。しかしながら、現存する資料を調べてみると、どうやら13世紀のイギリスの哲学者・キリスト教司祭のロジャー・ベーコンが最初の人と考えることができそうです。


ロジャー・ベーコン(1214-1294)

 ロジャー・ベーコンは1267年に発表した『大著作(The Opus Majus)』の第5部で光学を取り上げています。レンズ光学の研究を進め、拡大鏡などについて言及しています。そして、レンズを組み合わせて遠くのものを近くに見たり、小さなものを大きく見たりすることが可能であることが書き記されています。つまり、ロジャー・ベーコンは世界で初めて望遠鏡や顕微鏡の基本原理について初めて言及した人と考えることができるでしょう。

Opus Majus, Volumes 1 and 2

Opus Majus, Volumes 1 and 2

顕微鏡の発明者は誰か

 1590年頃、オランダのミデルブルフの眼鏡職人のサハリアス・ヤンセンは2枚の凸レンズを使うと、1枚の凸レンズを使ったルーペより物体を大きく拡大して見ることができることを発見し、顕微鏡の原型を発明しました。実際にはサハリアスの父親で眼鏡職人のハンス・ヤンセンもこの発明に重要な役割を果たしていたと考えられています。そこで、サハリアスとハンスのヤンセン親子が顕微鏡を発明したとされています

サハリアス・ヤンセン
サハリアス・ヤンセン(1580-1638)
(ハンス・ヤンセンの写真は見つからない)

 顕微鏡の発明者がヤンセン親子だという説明において、とされていますとしたのは、最初に説明した通り、2枚のレンズを組み合わせる実験は非常に簡単で、誰でもやってみることができたことは想像に難しくないからです。

 なにしろ320年も前にロジャー・ベーコンが顕微鏡や望遠鏡の基本原理について言及しているのです。この間に顕微鏡を作った人はいなかったとは言えません。しかしながら、その間に誰かが顕微鏡を作ったという記録も残っていません。

 ヤンセン親子が顕微鏡の発明者とされている根拠は、サハリアス・ヤンセンがオランダの外交官ウィリアム・ボーレルに送った手紙とされています。この手紙に顕微鏡のことが書かれていたそうです。そして、ボーレル自身もヤンセンが作った顕微鏡を見たようです。

 この顕微鏡はオランダの発明家のコルネリウス・ヤコプスゾーン・ドレベルの手に渡ったとも言われています。ドレベルは1600年にミデルブルフを訪れ、ヤンセンと出会い、光学とレンズ磨きを学んだという記録も残っています。

 ドレベルは1621年に顕微鏡を制作していますが、クリスティアーン・ホイヘンスは顕微鏡の発明者はドレベルであると言及しています。おそらく、ドレベルの制作した顕微鏡が実用的なものだったからではないでしょうか。


コルネリウス・ヤコプスゾーン・ドレベル(1572-1633)

 また、イタリアの天文家フランチェスコ・フォンターナが1681年に顕微鏡を発明したと主張したという記録もあるようです。望遠鏡を発明したとされるオランダの眼鏡職人のハンス・リッペルスハイが顕微鏡を発明したという説もあります。

 このように顕微鏡の発明者には諸説ありますが、現在において、多くの科学者はヤンセン親子が顕微鏡の発明者であることを認めています。

 例えば、オランダの生物学者で後に国際的な顕微鏡の専門家となったペーター・ハルティンクはヤンセンが発明者だと主張しています。


ペーター・ハルティンク(1812-1885)

 おそらくハルティンクの1923年の著書『Het Mikroskoop』を読めば、そのあたりのことも書いてあるのではないかと思いますが、オランダ語で書かれているため調べるのは断念します。

Het Mikroskoop

Het Mikroskoop

 余談ですが、ハルティンクは1845年に顕微鏡で観察する対象物の大きさ測定するため、ミリミリメートル(mmm)という新しい単位を提唱しました。これが後にマイクロメートル(μm)となりました。

 さて、ヤンセン親子が作成した顕微鏡はあまり実用的なものではなかったようです。何か微細な世界を観察したという記録も残っていません。

誰が光学顕微鏡を発明したのか|顕微鏡の歴史①

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