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2020年12月9日水曜日

ライト・トーナス値に関する検討

【20060721】調査開始するも資料少なく断念、以降、継続して調査続ける
【20201204】公開 この記事は調査を重ねながら加筆していきます。

はじめに

 色彩心理学の本やサイトを見ていると、「ライト・トーナス値(Light Tonus Value)」という光による筋肉の緊張や弛緩の効果を示した数値の説明が出てきます。

 ヒトが色に対して心理的な反応を示すことは広く知られていますが、これは視覚と脳の働きによるものと考えられています。ヒトと光や色の関わり合いについては、いまだ解明されていなこともありますが、その中でも「ライト・トーナス値」は気になりました。

 「ライト・トーナス値」の説明においては、身体が視覚の影響を受けずに光の色を感知し、筋肉が緊張したり、弛緩したりするとされています。また、血圧や呼吸数も変化するとされています。つまり、目隠しをしている状態で、皮膚が色を感知しているということです。

 皮膚が色を感知するということは、皮膚の細胞が可視光線の波長の違いを識別するということです。科学的根拠があるのかどうか、いろいろ調べてみました。なかなか原著論文にはたどり着くことができず、この数値がどのような実験あるいは経験則で求められたのか詳細はわかりませんでした。

 2007年に、ある科学系フォーラムにおいて、ライト・トーナスについて取り上げ、科学を専門とする参加者に調査の協力をして頂きましたが、やはり原著論文にたどりつくことはできませんでした。当時の参加者の見解は、皮膚で色を見分けることができるとは考えられないというものでした。

 いろいろ調べているうち、2016年に国立国会図書館レファレンス協同データベースレファレンス事例詳細(Detail of reference example)に下記の事例紹介がアップされていることに気がつきました。

「ライトトーナス値」の算出方法について記載がある資料があれば紹介してください。

下記の[その他の調査済み資料及びデータベース]に記載の情報源を調査しましたが、「ライトトーナス値」の算出方法に関する記載のある資料は確認できませんでした。また、調査の過程で……

 何か新しい情報が出ているかなと期待しましたが、残念ながら国立国会図書館のレファレンス事例の調査でも原著あるいはそれに類する資料を見つけることはできなかったようです。

ライト・トーナス値とは

 ここでライト・トーナス値がどのような指標であるかをまとめておきます。おそらく、もっとも古くから参照されてきた書籍はFaber Birren氏の1950年に出版された下記のものと思われます。

Color Psychology and Color Therapy: A Factual Study of the Influence of Color on Human Life(Faber Birren 1950)


「ライト・トーナス値」に関して下記のように説明しています。

Color Psychology and Color Therapy: A Factual Study of the Influence of Color on Human Life(Faber Birren 1950)から引用
 In 1910 Stein called attention to a general light tonus in muscular reactions of the human body.  The word "tonus" refers to the condition of steady activity maintained by the body. Conditions of muscular tension and muscular relaxation, for example, are tonus changes. They are to some extent noticeable and measurable and are a good clue to the action of color. Fete discovered that red increased muscular tension from a normal 23 units to 42. Orange increased the units to 35, yellow to 30, green to 28 and blue to 24 -  all above normal. In the main. however, the warm hues are stimulating, while the cool hues are relaxing.

これを要約すると、下記のようになります。

 1910年、スタインは人体の筋肉反応におけるライト・トーナスに注目しました。 「トーナス」は身体によって維持される安定した活動の状態のことです。筋肉の緊張状態や筋肉の弛緩状態はトーナス変化です。 それらはある程度自覚があり、測定可能であり、色の作用の良い手掛かりとなります。 Fete は赤が平常値の23から42に筋肉の緊張を増加したことを発見しました。オレンジは35、黄色は30、緑は28 、そして青は24と、すべて平常値より増加させました。概して、暖色は緊張させますが、寒色は弛緩させます。

状態
 赤 42緊張
 橙 35
 黄 30
 緑 28
 青 24弛緩
23平常

 Faber Birren氏の書籍では、このようにライト・トーナス値について定義されていますがスタインに関する論文は見つかりません。

 国内の著書では野村順一氏の著書にライト・トーナス値に関する記述が多く見られます。自分が最初に「ライト・トーナス値」を認識したのも同氏の『カラー・マーケッティング論』でした。この本のカラートーナス値の説明にも参考文献の引用がありません。

カラーマーケット論(野村順一 1983)


 もちろん論文が見つからないからと言って、即座にライト・トーナス値を否定することはできませんが、現在のところ何をもって値が求められたのか不明なのです。

皮膚は色を感じることができるのか

 脊椎動物が色を見ることができるのは視細胞に存在するロドプシンという物質が関係しています。ロドプシンはオプシンというタンパク質にビタミンAのレチナールが結びついたものです。ロドプシンは光を受けると、構造が変化します。このロドプシンの構造変化が視神経を通じて脳に届き、私たちは色を「見る」ことができます。その仕組みについては、本館「光と色と」の「視覚が生じる仕組み 色が見える仕組み(3)」に解説がありますのでご覧ください。

 さて、昔からロドプシンは視細胞にしか存在しないと考えられていましたが、最近になって皮膚の細胞にもロドプシンが存在することがわかりました。ロドプシンが存在すると言っても視神経のような情報伝達の仕組みがなければ色覚は生じませんから、皮膚が色を感じることができるという証拠にはなりません。

 たとえば、紫外線を浴びるとメラニン色素が増えて日焼けしますが、最近の研究で、日焼けに皮膚細胞に存在するロドプシンが紫外線を感知していることがわかってきました。

Laser Focus World Japan
皮膚がUV光を「見る」と、色素の生成が始まる
http://ex-press.jp/previous/lfwj/news2011/news_20111115_03.html

 たいへん興味深い研究結果ですが、皮膚に存在するロドプシンが紫外線を感知するからと言って、皮膚が可視光線の波長の違い(=色の違い)を感知できるとは言えません。ですから、ライト・トーナス値の確証にはなりません。

 東北大学の研究では、ある種の遺伝子操作をしたラットの足の裏に青色光と赤色光を照射すると、ラットの反応が異なることが明らかにされてます。

東北大学2012年プレリリース
皮膚で光を知覚する!?(チャネルロドプシン遺伝子組換えラットのスーパー感覚)
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2012/03/press20120302-01.html

 これは明らかにラットの足の裏の皮膚が青色光と赤色光を区別していると言えるでしょう。このラットが色を区別しているのは触覚であり、色覚ではありませんが、そもそもライト・トーナス値も筋肉反応を定量化したものですので、だいぶ近づいたと言えるでしょう。

 このラットの足の裏に波長の異なる可視光線を当てて、その反応を定量的に解析すると、ライト・トーナス値のような数値を定義することはできそうです。

 しかし、この研究結果は、あくまでも遺伝子組み換え操作をされたマウスによるもので、自然のマウスの反応ではないことに注意しなければなりません。ですから、この研究成果をもってしても、ライト・トーナス値の確証が得られたというわけではありません。

 このように皮膚細胞に存在するロドプシンに関する研究が進んでいますが、現在のところはライト・トーナス値を肯定するようなものは出ていないと言えるでしょう。

 ライト・トーナス値の定義はあまりにも確定的です。ライト・トーナス値は最初の臨床的な実験に尾ひれがついて現在のように語り継がれている可能性がありそうです。

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2 件のコメント:

  1. ライトトーナス値について調べていて行き着きました。
    やはり確信を得るものがないのですね。
    以下の論文においても同様に、「しかし,ライトトーナス値がその色に対して人の感じる不安の程度に比例するということの明確な定量的・論理的根拠はないのが現状である.」と記されてありました。
    小川 浩平, 美的安心感を与える比率, 人間工学, 2011, 47 巻, 3 号, p. 90-95, 公開日 2011/09/01, Online ISSN 1884-2844, Print ISSN 0549-4974, https://doi.org/10.5100/jje.47.90, https://www.jstage.jst.go.jp/article/jje/47/3/47_3_90/_article/-char/ja

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  2. コメントありがとうございます。ライト・トーナス値がどのように求められたのか原著を探しているのですが見つからないのです。同様な実験を行っている論文はあるのですが、数値に結びつけられていません。論文の紹介ありがとうございます。またひとつ資料が増えました。

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